∵トピックス


井田には明治から昭和にかけて、アメリカ大陸に多くの出稼ぎを送り出した歴史があります。
もちろん伊豆の沿岸の村々でもアメリカへの出稼ぎが多くありましたが 、ここ井田地区は、村をあげてアメリカ大陸へ行ったことは、
多くの持ち帰りの品々をみても大変貴重な歴史の1ページであると思います。

その動機・・・
明治26年に大火にあり、井田すべてが消失し、生活が貧窮したことにあります。
ならば当時言われた「黄金の木がある海の向こうへ出稼ぎに行こうと」アメリカへの出稼ぎがはじまったと言われています。
また別の説を紹介すると、安政5年生まれの佐左ェ門さんは子供の頃からきかん気が強く、
若い衆になると海を眺め、井田の穴洞で何かできないかと嘆息していたそうです。
その後彼の姿は消えてしまったのですが、村の衆は「あいつのことだきっと帰ってくるだろう」と思ったそうです。
数十年後、佐左ェ門さんはアメリカスタイルの洋服に山高帽そしてブレスレットという井手達でぽっくり帰ってきたそうです。
佐左ェ門さんの話ではヨコハマの波止場からアメリカ人に誘われ、
ラッコ船に乗り込みアラスカにわたりゴールドラッシュに遭遇、富を築いたという話でした。
村人にとっては、うらやましい話であったそうです。その後彼を頼って多くの村人が渡米をしたと言われています。

渡米した人数・・・
当時43戸あった家のうち33戸がアメリカ大陸に渡ったと言われています。人数は58人(後から呼び寄せた人数も含む)

場所・・・
○ ロサンゼルスを中心としたカルフォルニア州・中部トロント・モントリオールなど
○ カナダバンクーバーを中心とした地域
仕事・・・
商店や農場に勤労者として勤めました。市民権を取った人は自営業(洗濯屋・八百屋・小料理屋)
カナダでは材木関係・漁業者が多かったそうです。

現在は、渡航者の大部分帰国しています。
明治の先人達はほとんどは故人です。
 そしてこのアメリカ大陸を夢見た歴史は、 今や語り継ぐ人たちが少なくなってしまいました。



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